大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(う)2421号 判決

被告人 野中一男

〔抄 録〕

所論は、要するに、被告人を有罪とした原判決は事実を誤認したものであり、被告人は無罪とされるべきものと主張するのである。そこで原審記録を調査検討し、当審における事実調の結果をも合わせて考察するに、原判決は、罪となるべき事実として、被告人が大型バスを運転し原判示のバス発着所から花月園方面に向け発進するにあたり、右発着所に接続する道路がS字型のカーブとなっていて右方花月園方面の見とおしが二〇米ぐらいしかきかない状態であったから、(一)右方花月園方面からの車両の有無を確認しながらできるだけの徐行速度で進行すべく、(二)また、右花月園方面からの直進車両の進行を妨害しないようできるだけ道路の左側に寄って進行すべきであったのに、これらの業務を怠り、(一)漫然と時速約一〇粁の速度で発進し、(二)バス発着所から斜めの方向に道路右側部分を横断進行したため、その過失により、梅田昇の自動二輪車との衝突事故を発生させ、同人を死亡するに致らしめた旨の認定をし被告人を有罪としているのである。

しかしながら、原判決が被告人の過失として判示する右(一)(二)の点についてみるに、先ず、時速約一〇粁というのは相当程度の徐行とみることができるのであり、そして、記録上の各証拠によれば、被告人はバス発着所を発進し時速約一〇粁で徐行しながら花月園方面に向かったところ、間もなく梅田昇運転の自動二輪車が対向して来るのを前方約一六・八八米の地点に認め直ちに急停車したが(対向車を認めてから自車が停止するまで進行した距離は約一・六八米)、右自動二輪車においては、時速約七〇粁ぐらいの高速で進行していたため直ちに停車できず、被告人のバスに向かって約一五米以上も走行して来て、結局双方が衝突するに至ったことが認められるのであるから、被告人のバスの進行速度が不当であったということはできず、また、対向車の確認ないし確認後の措置について注意義務に欠ける点があったとも考えられない。次に、被告人がその運転する大型バスをバス発着所から斜めの方向に進行させ、花月園方面に向って道路の右側部分を進行中本件の衝突事故が発生したことは、記録上明らかであるが、本件バス発着所の位置、形状、これと接続する道路の幅員、形状、被告人の運転する大型バスの車長、車幅等の諸点を総合して考えれば、被告人の右のような進行経路は、花月園方面に向かい左側通行に入るための経過的、必然的な進行方法として、それが他の車両の進行を妨害しないかぎり、当然に許容されて然るべきものである。そして、本件の衝突事故発生の原因について考えると、前記梅田昇において、本件の現場付近道路は最高速度が時速四〇粁に制限されており、かつS字型のカーブとなっているのであるから、事故発生防止のため当然に減速徐行すべきところ、前記のとおり、時速約七〇粁という高速で進行したため、被告人のバスを認めても直ちに停車できず、そのまま一五米以上も暴走し、前記のように急停車した被告人のバスの右前部に衝突したものと認められるのであって、右梅田において適宜減速徐行していさえすれば、本件の衝突事故を容易に避けることができたと認められるのである。してみれば、被告人の前記進行方法が梅田の自動二輪車の進行を妨害したことになるとは認められず、また、被告人が道路右側部分の進行を最少限にし、できるかぎり速やかに左側通行に入るような運行経路をとったとしても、本件の際にとった運行経路とは若干相違するだけであって、梅田の自動二輪車との衝突は避け得られなかったことが、証拠上明らかに推認されるから、結局、被告人の前記進行方法が、本件事故発生の原因となる過失行為にあたるとみることはできない。

以上要するに、原判決が被告人の過失として判示している諸点は、いずれも本件死亡事故発生の原因たるべき注意義務違反行為とみることができないのであるから、これを被告人の過失として認定し有罪の判断をした原判決は、事実を誤認しひいては法令の解釈適用を誤ったものというべく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。

なお、本件の訴因(原審第五回公判において訴因変更がなされたもの)によれば、被告人がバスを発進させるにあたり、付近にいた誘導員に進路の安全を確認させたうえ進行すべきであったのに、その安全確認をさせなかった点にも過失があるとされている。そこで、この点を検討してみると、被告人のバスの運転席からは進路右方への見とおしが十分にきかないのであるから、その右方への見とおしがきく場所に誘導員を配置し、進路の安全を確認させながら発進していれば、本件事故の発生も避けることができたであろうことは推測に難くないところである。しかしながら、本件事故発生の当時、原判示のバス発着所付近に誘導員が配置されてはいたものの、右誘導員の職務は専ら鶴見駅前方面すなわち被告人の進路左方から進行して来る車両との関係で安全を確認しバスを誘導発進させることとされていて、本件バス発進の際も、誘導員は被告人のバスの進路左方に位置していて左方の安全確認をしただけであり、進路右方の状況まで見とおし得る場所にはいなかったこと、これは本件事故現場の道路がその当時午前七時から午後九時まで一方通行(鶴見駅前方面からの車両の進入だけを許すもの)の規制がなされていたことにもよるものであること等の諸点が記録上の各証拠から明らかであり、これらの点をも合わせ考えれば、本件の場合、被告人につき、右方からの進入車両に注意しながら徐行して進行することのほか、本件における梅田のように右一方通行の規制時間に入る直前、高速で疾走してくる車両のあることを予期し、これに備え誘導員をしてその通常の分担職務をこえて被告人の進路右方の安全確認をもなさしめ、事故発生防止に万全を期することまで要求するのはいささかむりであると考えられる。結局、誘導員をして進路右方の安全確認をなさしめなかった点に被告人の過失があるとも考えられない。

(高橋 寺内 千葉)

(昭和四七年追加分)

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